原因は「驕り」だと思うよ。日本の凋落

電子立国日本がなぜ凋落したか。
原因は簡単。「驕り」だよ。「奢れる者も永しからず。ただ春の夜の夢の如し。」

まさに祇園精舎のソレでございます。中国韓国を含め東南アジアの新興国に対して
「こんなに複雑で精密な半導体の世界、おまえらなどに真似できるハズがない」
という奢り高ぶり。傲慢な態度。90年代初めそれでも円高の影響で製造業の海外移転が加速。
半導体業界もその例に漏れず比較的簡単な、旬を過ぎた製品からの海外移転をしぶしぶ開始。
彼らはそれを実直に学び、日本よりも確実にコストを下げた。初期は性能、歩留まりとも低迷していたが
徐所に力を蓄え、日本人が考えもしない方法でそれを克服してみせた。
歩留まりが低いのであれば、もっと莫大な数量を生産して不良品の発生率を相殺するという方法。
たとえ市場で故障が発生したとしても、けっして修理することはせず、数にモノを言わせ
全くの新品と交換するといった方法。ユーザーも一旦ケチが付いた品物よりも新品に交換してくれたほうが
全く世話無く、その不具合による不満不平も徐所に解消してしまう。こういった金と数にモノを言わせた
いわゆる物量商法に対して、日本人のモノを大切に直して使うという美徳観念が逆に災いした例といえる。
時代が世紀末を越え、新世紀に入ってからはその方法は更に加速。コスト競争で絶対的に不利になった
旧電子立国ニッポンは劣勢が階乗的に加速。メーカーは儲からない上に新規設備の導入や維持管理に
巨大な出費がかさむ半導体部門を一斉に分離分社化してトカゲの尾切を断行。
分離されたところは吸収合併統合を繰り返し、その力は見る見る劣化。
更にその力を減衰させる加速剤となったのが、人件費削減にことかいた派遣による外部からの
責任の無い部署への丸投げ。設計から開発、生産から品質保証、果ては資材購買や人事部門にいたるまで
外注化が加速。会社の中にいるのは役職役員管理の人間ばかり。とても「ものづくり」の生産現場とはいえない状況が深刻化している。外注化による質の劣化、製品に対する責任の退化は言うまでもなく。
どんどんと負のスパイラルに沈んでゆくニッポン国が今の現状である。
「良いものは必ず売れる」といった幻想から未だに脱却できていない。「良いもの」であっても「あまり効果がない」ものは売れないと言う事に気づいているんであろうが、今までその方法でやってきたという過去の栄光に縛られまくり、そこから脱却できず延々と同じ事を続ける。たとえばテレビがその例。
一昔前のブラウン管の時代、アナログ地上波の時代からデジタルテレビ、果ては高画質4K,8Kの世界へ進もうと
模索しているようだが、テレビの番組自体の内容がアナログの時代からなんら変化していない。
誰が4K8Kの超高画質テレビで、お笑い番組でバカをやっている下らないタレントのソレを、
テレビを買い換えてまで見たいと考えるだろうか?? そこを解っていない。
月日は進んでいくが、中身はソレとは逆行してどんどん退化している。
80年代のような、あの活気があった時代には、もう再び巡ってこないであろう。

かくして半導体各社はリストラという人員整理を右倣え的に断行。
リストラ、早期退社というと真っ先に能力あるヒトが逃げてしまう。
そういった情報が会社に溢れ、疑心暗鬼的に会社という組織そのものを信頼できなくなる。
結果、キーマンと呼ばれる重責ある部署が空席ができて組織そのものの運営に多大なる影響がでる。
対して残った者は妻子もち、家族もちの現状維持を最優先させた「その他大勢」「イエスマン」的人員が
大多数を占めるようになる。そうなるとイノベーションの「いの字」すら出でこなくなるのは当たり前で
結果組織の沈滞化、弱体化がより深刻となり、みっちもさっちも行かないまま漫然と月日が流れ
結局消耗して終わりを迎えるというのが関の山だ。このことは少し前のオーディオ不況のときにすくなからず
日本の電気メーカー全てが味わったことであり、喉元過ぎればなんとかで、再び同じ事になるのに
暗黙の手段としてリストラを選択してしまう。
能のあるものは他国や外国資本のメーカー、新興国の発展途上メーカーなどに流れ、まわりに何も抑圧する要素が無いことと、その豊富に資本をもとに、優位な条件と立場と、その国(中国などの国家的プロジェクトの名の下に)の国力を含めた支援により強大化し、逆に日本メーカーに圧力をかけうる存在となってしまった。
もはや日本の国内半導体メーカー単独での経営は難しくなり、エルピーダがマイクロンに買収、ルネサスが国というスポンサーを持ち、sonyは単独なれども泣かず飛ばず状態で富士通半導体との統合を目指しているらしいが諸々の問題から悪戦苦闘中。海外のどこかしらのメーカーと協業せざる得ない、協業しないと生き残れない現実となっている。唯一の独走と思われる「東芝」さえも「サンディスク」と協業している。過去の繁栄時の状況からすると惨憺たるものに。

一論としては、誰もが同じ事ができるようになるとオシマイだということ。かつて自動車がそうだった様に
誰もがクルマを持ち運転するようになると、必然的にその全体のレベルが低下する。
モノはどんどん安い方、簡単で頭を使わない方向に加速度的に流れ、最後には必要ではないものと
なってしまう。現にクルマの所持数減少、免許の取得数の減少が見過ごせない状況にあり、
かのトヨタが「免許を取ろう」などといって広告している始末。もはや若者の間ではクルマは生活に必要な
モノではなくなってきている。まさに断末魔である。

はたして誰がいち早くこの現実を打破し、かつての栄光を取り戻すのか、あるいは全くのひとにぎりの新参者が
独占的に有利な市場を構築し、その他は自滅してゆくという未来がやってくるのであろうか・
それとも漫然として親方日の丸的経営をつづけ、会社のリソースを消耗しつくし、ある日「はい・さようなら」
してしまうのであろうか。。。。。。。






電子立国は、なぜ凋落したか
日経BP社
西村 吉雄

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この記事へのコメント

  • Masaji

    タイトルで、"原因は「驕り」だと思うよ。"とありますが、日本人のニーズにあった商品化にこだわったことが、”驕っていた”とおっしゃるのでしょうか?
    また、平家物語の冒頭文は、「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。」で、この場合、「おごれる」は「驕れる人」でしょうね。「奢れる者」は「過剰品質・機能化」の洒落でしょうか?(笑)

    2014年08月27日 22:18
  • 川越のキクチ

    ぬこさま、りっぱだね~
    2014年08月30日 23:50

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